コラム

リーグ開幕

2014.04.19

松本大学サッカー部集合写真2014(ジャージ)

本日より、北信越大学サッカーリーグが始まります。
今シーズンのテーマは「戦う」。
本気で、誠実に、本音で、勝負にこだわり「自分とも」戦っていきます。

具体的な目標として、北信越大学サッカーベスト4。
リーグでの勝ち点22以上(昨シーズン15)を目標に、すべての上位チームから勝ち点1以上を獲りにいきます。
昨シーズンの失点38をどこまで減らせるか、これがポイントとなると思います。

加えて、フェアプレー賞。
昨シーズンいただいたイエローカードは18枚。
これも何処まで減らせるか。
「自分のため」だけのカードは、極力減らせればと。

さて、準備をして出発する時間が迫ってまいりました。
今シーズンもご声援をよろしくお願い致します。

では「戦い」に、行ってまいります。

齊藤 茂

第8回コラム 「希望」という名の病気

2014.02.5

お久しぶりです。遅くなってしまいましたが、今年もよろしくお願いいたします。来年は、必ず新年のあいさつをさせていただきます苦笑。

コラムの催促を初めていただいた(感謝!)。書こう!とは思っていました(本当に)。しかしなかなか良いタイミングが(という言い訳・・・)。そこで、ちょうど本日、新チームも本格始動したことであるし、また、私の担当するゼミの最終講義もあったので、そこでさわりだけした話(2013年12月21日の読売新聞朝刊13面、鵜飼哲夫「希望」という名の病気を参照)を残させていただくことにした。

さて、今年は午年であるし?!、競馬のお話から。上述のコラムによると、9種類ある馬券の買い方のうち、最も難易度の高いのは、1-3着となる馬の着順までぴたりと当てる「3連単」で、的中率はわずか0.53%。次いで難しいのは、1-3着に入る馬の組み合わせを当てる「3連複」で、的中率はこちらもわずか2.2%らしい(日本中央競馬会(JRA)による)。いずれも当たれば万馬券になる可能性もあるが、なかなか当たらない。JRAも導入当初は、これらがどこまで売れるか、疑心暗鬼だったという。

しかし、である。年間2兆4千万円というJRAの売り上げのうち、なんと35%が最難関の「3連単」で、これに「3連複」を含めると売り上げの50%を超えるという。鵜飼氏は、「めったに当たらないのに、もしかしたら自分は当たる、いや、きっと来る、と信じて馬券を握りしめる行為を、夢とロマンに賭けるキャンブラーの栄光と悲劇というべきか、馬やジョッキーの戦績を徹底分析したうえで行う科学的英断というべきか、それとも根拠なき自信というべきか」、と。そして、「ハイリスク・ハイリターンの高額配当は夢を生むが、絶望も生む」とも。

競馬好きだった劇作家、寺山修司は、著書「競馬放浪記」に「人間が最後にかかる病気は、『希望』という名の病気である」と記している。「ああ、せめて、もう1レースあったら、きっと取り戻せたのになあ」と・・・。

本日の朝、2014年シーズンの目標を確認した。徹底してサッカーの質を追求し、同じく勝負にも徹底してこだわる。他チームから「嫌われる」チームになろう、と確認した。ここには書かないが、勝ち点など具体的な数字目標もある。我々は適度な「希望」も抱きながら、ただし、地道にいこうと思う。

2014シーズンも、ご声援をよろしくお願いいたします。

齊藤 茂

第7回コラム 「バカと弱者に用はねえ!」

2013.12.9

いきなりよろしくないタイトルで申し訳ないが、新チームに向けて、最近私がよく口にする言葉である。よろしくない表現だと自覚はしているが、今のチームには必要な言葉だと感じているし、個人的には気に入っている笑。

“バカ”と“弱者”。
今回はそれぞれの言葉について書かせていただく。

まずは“バカ”という言葉。
私の言う“バカ”は、もちろん「勉強ができない」という意味ではない(ちなみに、勉強なんて、しっかりやれば誰でもできる!できない人はしっかりやっていないだけで、決してバカではないと思ってほしい)。では、どんな者が本物の“バカ”なのか?それは今、自分がしなければならないことは何なのかのか、がまるで分かっていない、つまり、それを考えようとしない・考えられていない者、例えば、周りを見ればやるべき仕事がある・仲間が困っている等々あるのに、ただ何も考えず(もしくは今する必要のないことをして)、ただただそこに突っ立っている。そんな頭を動かせていない者を見つけると、「バカになるなよー!」と伝えている。

先日、大学野球日本一になった上武大学の谷口英規監督をゼミ生と訪ね、お話をさせていただく機会を得た。谷口監督は(“バカ”などという汚い言葉は使わず!)“感じる”という言葉で、上述と遠くないことを表現されていたと思う。谷口監督曰く「今年のチームは感じることができる選手が揃っていた」、「こちらが伝えたいことが目を見ただけで伝わる」と。代打を告げようとするとすでに準備ができている、作戦を出す前から選手にはそれが分かっている、ノーサインでもやりたいこと・やるべきことをやってくれる。だから「流れ」ができる、と。そして、チーム内では日頃からの気遣いも非常に大切にされているとのことであった。それが試合で、特に大切な場面では出てくるのだろう(緊張すると、一層普段の取り組みが無意識的に出やすい!)。強いのは頷ける。

次に“弱者”のほう。
私の高校時代の悪友が、「弱者に用はねえ!」とよく口にしていたな。

私は、“弱者”をすぐに自分に負けてしまう者・弱い自分が出てきてしまう者を指して使っている。例えば寒い日の朝、誰だって布団から出るのは辛い。私にしても、「もう少し子どもと温かい布団に・・・」と毎朝思う。それが二日酔いの日となればさらに・・・(こういう日の前夜は、すでに弱い自分が私を支配していたと思われる)。ちなみに、私は4歳の次男と寝ている。冬は暖かくて非常に気持ちが良い(逆に夏は暑いので、一緒に寝るのが辛い・・・)。
話を本題に戻して、弱い自分はいろいろなところに顔を出してくる。それがいざというときに限って出てくる。重要と思われる場面において、「弱い自分が出てしまった・・・」という反省の弁をよく耳にするではないか。「諦め」の感情もこれに近い(例えば、敗戦濃厚の場面で「もうダメだ」と試合を投げてしまう等)。たまには自分に甘くするのもいいだろう(休みやご褒美が必要なときももちろんある!)。しかし、人生には絶対!というときがある。そして、人生はそんな選択の連続だ。そのときに、自分に負けてしまう者が“弱者”だ。弱い自分が全面に出て、楽な方に、楽な方にと選択する者が“弱者”だ。そこには、「奇跡」と呼べるような体験も、「涙が出るほど、辛くて、厳しくて、嬉しい」体験も待っていないぞ(自戒!)。
上に同じく、日頃から強く意識して生活していかねば、大切な場面では必ず弱者が顔を出してくる。

“バカ”と“弱者”はよろしくない表現だとは思っているが、このチームに必要がなくなるまでは積極的に使っていこうと思う。

齊藤 茂

CIMG1220

第6回 「内的な準備性」

2013.11.6

連日になるが、シーズン終了にあたりいくつか書いておきたいことがあるので書かせていただこうと思う。他の原稿も多々あるのに、なぜかお金にもならないこのコラムを夕方から書いている・・・笑。ちなみに、たまっているのは有料原稿!やばいな、明日締め切りの○○館書店の・・・。ちょっと待ってくれるかな。
閑話休題、今回は、最終節の出来事(誠にお恥ずかしい話ではあるが事実なので・・・)。

公式戦当日は2時間前に会場入り、ビデオ鑑賞、しばらく各自フラフラしてロッカールームでスタメン発表(最終節はバスの中)、70分前に代表者会議、その後、軽いミーティングをして、アップ、7分前のロッカーアウトと進んでいくのだが、代表者会議あたりで「ガヤガヤ、ガヤガヤ」。

「先生、ユニフォームの色を変えられませんか?」
「何で?もうみんなで決めたじゃん。代表者会議も始まってるし、無理じゃない?」
「実は、3番のユニフォームが(ありません)」
「え・・・。何でそうなるの?」
「僕の確認が・・・」

実は出発前、何となく不安だったので「ユニフォーム、オーケーね?」と確認をしていた。係の学生は「大丈夫でーす」と。「でーす」を信用したのがいけなかったか・・・。

「確認したよな?」
「はい・・・」
「どうするか考えろ!(怒爆発!!!)」

最近、こういう事態になっても妙に落ち着いている自分がいる。どうなるかを楽しむというか・・・。それはさておき。

ちなみに、忘れたのはスタメンで出場予定の選手のものだった(しかもセンターバックの選手。さらに悪いことには、もう1人のセンターバックは累積警告で出場停止となっておりベンチ外だった・・・)

時間は過ぎていき、7分前のロッカーアウトになってもユニフォームは準備が整わず、10人で試合前の整列から挨拶(ルール的には、試合直後の交替 or 10名のままキックオフ)。ユニフォームが間に合うまで「10人での戦い」を覚悟してポジションを動かしていたところに、全速力で出場停止選手がユニフォーム(学生のアシックスの青いシューズケース(ユニフォームと同色)を切り裂いて、マネージャーが張り番にしてくれた!)を届けにやってきて、何とか事なき?を得たが、今回のことから「準備」の重要性は本人はもちろん、スタッフも含めチーム全員で学び直したいなと。

 「外的な好機は、内的な準備によって現実化され転機となる」(都筑、2011)

例えば、出会いによって人は変わる可能性がある。だが、都筑(2011)によれば、「ただ単純に何かに出会えば、それが転機となるということでもない。それを迎える側に、それを受け入れるだけの準備性が整っている必要があるのだ。そうした準備性がないと、出会いがあっても転機とはならない」という。そして、「内的な準備性」があれば、「偶然の出来事を自らの人生に引き入れる」ことができると。

逆に、「内的な準備性」がなければ、すべてのことはただの偶然として、何も意味のないものとして体験されるだろう(すべての出来事は偶然であっても、なぜ起きたのか、どんな意味があるのかと考えること自体には意味はあると思うが、そう考える習慣も含めて準備か)。

チャンスの神様は「前髪」しかないとよく言うし。

しかし、今回はそれでも動じず、勝てる力はつけたのかと少々感心もしてみた。勝って終わったので、まあ現段階では(勉強になったということで)「よし!」としておこう。

 齊藤 茂

準備性

第5回 「2013シーズンを終えて」

2013.11.5

去る11月4日、北信越大学サッカーリーグの2013シーズンが終了しました。今シーズンの最終結果は、4勝3分7敗、勝ち点15で5位、 2014シーズンの1部リーグ残留が決定しました。入替戦なしでの自動残留(5位以内)は、1部昇格から3シーズン目で初めてのことです。正直な気持ちですが、「残留」という最低限の結果を残せたことへの安堵感が大きい気がします。毎年、この時期は2部の上位チームの情報を集めながら、入替戦を常に意識していましたので・・・。
その一方で、1部へ昇格して以来、我々がそれまでに築きつつあった「松本大学のサッカー」を、未だに北信越1部の舞台では発信でき ていない、ということを痛切に感じているところです。原因はいろいろとあると思いますが(フィジカルコンタクトが強い、プレッシャーが早い、スペースがない等々)、「できなかった」というよりは、「本気でしようとしなかった=こだわりが薄れた」という表現があっていると感じています。というのは、「強い、早い、高い」とは別の基準と発想でやるのが、我々の目指すサッカーであり、そこには「こだわり」が必要なのです。

私自身の現役時代は残念ながら、徹底して「蹴って走ってゴールを奪う、「強い、早い、高い」を競うサッカー=蹴球」をやってきたわけですが、大学時代に「サッカー(『蹴球』で はなく)」を聖和学園女子サッカー部の国井先生から学んだことは以前のHPにも書かせていただきました。この学びをもとに、我々のサッカーは「ボールを大切にすること(Love the Ball.)」をコンセプトとしています。ボールを保持していなければ攻撃をできないのが、サッカーというスポーツです(偶然には何か起こるかもしれませ んが、それは「事故」と呼ばれ、「再現性」はありません)。「唯一の武器であるボール」を保持する(少なくとも簡単に相手にわたさない!)ために、ボールを蹴らない、ボールは走らせる(極力浮か さない、滑らせる)、見て判断する、受け手のことを考えたパス(スピード、回転、付け足etc.)、出し手のことを考えたアングル作り、パスを出すことを 考えて立つ・・・。
国井先生からは「ボールがなぜ丸いか?」を問われ、「ボールはいくら走っても疲れない」ことも教えていただきました。

また、このサッカーの根本の部分には、仲間 への「思いやりのこころ」が流れていなければならないと思っています。仲間 の要求に答えるための技術、判断、そして「心づかい」のトレーニングをしなければならないのです(日常生活においても!)。さらに、我々は「見ていておもしろい、ワクワクするサッカー」をしたいなと思っています。見ている人にも思いを馳せる、そんなサッカーをしたいわけです。

というわけで、心はすでに来シーズンへと向いています。FC.マツセロナが中信カップ決勝で香らせてくれた「松本大学のサッカー」を、北信越1部の舞台でも徹底して表現していく決意をした次第です。
そのために、これから多大なエネルギーを投入していこうと。

最後に、今シーズンもたくさんのご声援をいただきました。先週末もたくさんの保護者の方々やOB・OGに、遠方まで駆けつけていただきました。心より感謝を申し上げます。誠にありがとうございました。
来シーズンは上位進出を目指し、一層精進していく所存です。

今後とも温かいご支援をよろしくお願いいたします。

齊藤 茂

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