コラム

第6回 「内的な準備性」

連日になるが、シーズン終了にあたりいくつか書いておきたいことがあるので書かせていただこうと思う。他の原稿も多々あるのに、なぜかお金にもならないこのコラムを夕方から書いている・・・笑。ちなみに、たまっているのは有料原稿!やばいな、明日締め切りの○○館書店の・・・。ちょっと待ってくれるかな。
閑話休題、今回は、最終節の出来事(誠にお恥ずかしい話ではあるが事実なので・・・)。

公式戦当日は2時間前に会場入り、ビデオ鑑賞、しばらく各自フラフラしてロッカールームでスタメン発表(最終節はバスの中)、70分前に代表者会議、その後、軽いミーティングをして、アップ、7分前のロッカーアウトと進んでいくのだが、代表者会議あたりで「ガヤガヤ、ガヤガヤ」。

「先生、ユニフォームの色を変えられませんか?」
「何で?もうみんなで決めたじゃん。代表者会議も始まってるし、無理じゃない?」
「実は、3番のユニフォームが(ありません)」
「え・・・。何でそうなるの?」
「僕の確認が・・・」

実は出発前、何となく不安だったので「ユニフォーム、オーケーね?」と確認をしていた。係の学生は「大丈夫でーす」と。「でーす」を信用したのがいけなかったか・・・。

「確認したよな?」
「はい・・・」
「どうするか考えろ!(怒爆発!!!)」

最近、こういう事態になっても妙に落ち着いている自分がいる。どうなるかを楽しむというか・・・。それはさておき。

ちなみに、忘れたのはスタメンで出場予定の選手のものだった(しかもセンターバックの選手。さらに悪いことには、もう1人のセンターバックは累積警告で出場停止となっておりベンチ外だった・・・)

時間は過ぎていき、7分前のロッカーアウトになってもユニフォームは準備が整わず、10人で試合前の整列から挨拶(ルール的には、試合直後の交替 or 10名のままキックオフ)。ユニフォームが間に合うまで「10人での戦い」を覚悟してポジションを動かしていたところに、全速力で出場停止選手がユニフォーム(学生のアシックスの青いシューズケース(ユニフォームと同色)を切り裂いて、マネージャーが張り番にしてくれた!)を届けにやってきて、何とか事なき?を得たが、今回のことから「準備」の重要性は本人はもちろん、スタッフも含めチーム全員で学び直したいなと。

 「外的な好機は、内的な準備によって現実化され転機となる」(都筑、2011)

例えば、出会いによって人は変わる可能性がある。だが、都筑(2011)によれば、「ただ単純に何かに出会えば、それが転機となるということでもない。それを迎える側に、それを受け入れるだけの準備性が整っている必要があるのだ。そうした準備性がないと、出会いがあっても転機とはならない」という。そして、「内的な準備性」があれば、「偶然の出来事を自らの人生に引き入れる」ことができると。

逆に、「内的な準備性」がなければ、すべてのことはただの偶然として、何も意味のないものとして体験されるだろう(すべての出来事は偶然であっても、なぜ起きたのか、どんな意味があるのかと考えること自体には意味はあると思うが、そう考える習慣も含めて準備か)。

チャンスの神様は「前髪」しかないとよく言うし。

しかし、今回はそれでも動じず、勝てる力はつけたのかと少々感心もしてみた。勝って終わったので、まあ現段階では(勉強になったということで)「よし!」としておこう。

 齊藤 茂

準備性